フィレオ・フィッシュの小骨

『AYARIさんの場合』

AYARIさんとは青山一丁目のカフェで待ち合わせた。非職業モデルの人々を中心に撮影してきたNEJIの作品撮り=STUDYとしてはモデル事務所所属のプロに仕事を依頼するのはこの時が初めてだったので、僕も少し緊張していた。カフェに付いた瞬間、(あたりを見回すまでもなく)店内奥にすらりとしたオーラを見つけた。彼女の席の横に立ち、「お待たせしました。はじめまして、鶴田です」と挨拶をすると、AYARIさんも直ぐに立ち上がり笑顔で自己紹介を返してくれた。僕と同じくらいはありそうな長身だが、頭身バランスが全く違う。身長176㎝、股下86㎝らしい。

 

彼女のことを知ったのは前職時代の後輩がスタイリングしている作品をSNSで目にした時だった。そのクールな存在感を一目で気に入ってしまった僕は、すぐに後輩へメッセージを送りコンタクトを取りたいと打診した。承諾を得たのちメッセージのやり取りが始まり、さっそくAYARIさんを1月末の撮影にお誘いしてみたのだが、「ちょうどその時期はイタリアに行っている」とのこと。なるほどファッションウィークの時期か。聞けば、事務所手配の案件ではなく、飛び込みで現地に出向き直接仕事を獲得するための動きだと言う。滞在期間はメンズ/ウイメンズのファッションウィークを丸ごと含むひと月半。その行動力に感心して、ますます彼女を撮ってみたいと思った。帰国後のタイミングで是非ご一緒しましょうと伝え、彼女も同意してくれた。

 

3月下旬のSTUDYに参加してくれることになった彼女とカフェで待ち合わせをしたのは、軽いフィッティングのため。スーパードライなジンジャーエールのように切れ味のある存在感を活かして、彼女にはメンズのテーラードアイテムを着てほしいと思ったからだ。身長は僕とほとんど同じだけれど、男性と女性では骨格が違う。肩や背中、胸周りのドロップ感および(きっと腕も長いだろうから)裄丈を事前に確かめておきたかった。カフェの隅っこで僕が持参したジャケットを羽織ってもらったところ、色んな意味で完璧だった。あとは異常に長い股下、つまりパンツのレングス問題だが、それは追い追い考えるとしよう。それにしてもAYARIさんはよく話すし、よく笑う。こちらの話にもしっかりと興味を持って聞いてくれる。コミュ力高い。クールな外見とは裏腹に、とてもチャーミングな女性だ。自分自身のこともいろいろと話してくれた。幼少期から絵を描くのが趣味で、元々はアーティストになりたかったらしいが、身長が急激に伸びたこともあり現在ではモデルとして表現活動を行っているという。先日の渡航では飛び込みだったにもかかわらず、いくつものランウェイを歩いたらしい。軽く打ち合わせるだけのつもりが、彼女のトーク力も手伝って1時間も話し込んでしまった。当日が楽しみですね、とお互いに言いながら青山通りで別れた。

 

そして、STUDY。当日は彼女のために3ルックを用意した。肝心のテーラードジャケットに関しては前職時代に僕が企画したダブルブレストのスーツと、NAMACHEKOのジャケット(ともにNEJI私物)を着てもらうことにした。NAMACHEKOのアーティスティックなジャケットには裏返したBODY GLOVE製ウエットスーツをイン。(本来は裏面にある)ヴィヴィッドなオレンジがフィフスエレメントのように近未来的だが、ニーハイストッキングとヒールのパンプスで密室フィーリングに仕上げた。もう一方はタイドアップしたクラシックなスーチングスタイルをイメージしていたのだが、僕のスーツでは股下の長さが足りない(なんせ86㎝)。ならばそれを逆手に取ろう。用意したのはレトロでメカニカルなローラーブレード。スモーキーなグレーカーキとガチャガチャしたディテールがカッコいい、無名ブランドのもの。RICK OWENSのハイゲージバラクラバ(ネックウォーマー?フード?)をセットし、これまた少し退廃的な近未来感覚に。ディストピアのハイウェイをスピードスケート選手のように駆け抜けていく女スパイのイメージ。

 

実際に撮影が始めると、さすがはプロのモデル。次々とポーズがキマる。僕の(思い付きの)リクエストにも柔軟に対応しながら、瞬間ごとの最適解を導き出すために体を伸ばし、よじらせ、彫刻のようなフォルムを形作っていく。カメラマンの井手さんも大喜びだった。非職業モデルがメインキャストのSTUDYにおいて、股下86㎝が異彩を放つSTUDY No.20。「ねじ紙」の表紙を飾る、僕のお気に入り。

 

2023.10.26