フィレオ・フィッシュの小骨

『DOWNTOWN 5th anniversary VISUALの場合』

「月島(つきしま)」は東京都中央区に位置する町で、明治時代に東京湾の干潟を利用して造成された、つまり埋立事業によって作られた人工島らしい。「月島」という名前は、「月の名所」だった隅田川河口付近の情緒にちなんで付けられたとも言われている。1980年代以降、「月島西仲通り商店街(通称:もんじゃストリート)」が活性化し、現在では外国人を含む多くの観光客で賑わっている。地域住民や商店主が「町おこし」の一環としてPRに励んだ甲斐もあり、いまや月島といえばすっかり「もんじゃの町」というイメージが浸透している。月島では戦後〜高度経済成長期にかけて長屋や都営住宅が密集したおかげで子どもたちが多く、放課後に駄菓子屋で遊ぶ習慣が根付いていた。近隣の佃島=漁師町とのつながりもあり下町情緒が濃いエリアで、労働者が多かったせいか安価で腹持ちの良いもんじゃは家庭や屋台で定番の食となった。一方で、2000年代以降は再開発が進み、大規模タワーマンション群が林立。旧来の長屋が姿を消し、高層住宅と下町風情が混在する独特な風景として現在の姿を成している。

そんな月島の路地裏にひっそりとたたずむ一軒の眼鏡専門店がある。その名も「DOWNTOWN」。前職時代からのつながりもあって、僕はこのお店で眼鏡を購入したりレンズ交換を依頼したり、何かとお世話になっている。2年前にお願いされて制作したイメージビジュアルに好評をいただき、この度「DOWNTOWN」の開業5周年を記念して、ふたたびNEJIがイメージビジュアルを制作することになった。ありがたや、ありがたや。

僕はイメージビジュアルの制作を依頼されると、心がときめく。当然、クライアントワークなので依頼主の要望や期待に応える必要はあるのだが、ありがたいことに「鶴田さんが思うようにやってください」と丸投げされることが多く、当たり前のようにある制作のプレッシャーとは別で「あ、好きな絵を描いてもいいんだ。だったら何を描こうかな」と妄想を膨らませる時間に至上の幸福を感じたりするのだ。僕はこの妄想時間をうまく利用して生きているらしく、週5以上のペースで作る「家族4人分の夕飯」も(同じ理由で)まったく苦にならない。そして、DOWNTOWN 5th anniversary VISUAL。

クライアントの原さんからは1点だけ注文があった。「月島を舞台にロケ撮影をしてほしい」

まずは「DOWNTOWN」に並んでいる多種多様な眼鏡たちにイメージをトバす。古典的なデザインと独創的なデザインが所狭しと並んでいる店舗の風景を思い出す。眼鏡って、なんだか人間の顔みたいだ。色んな人がこっちを見ているような気持ちになる。しかも、大勢いる。ということで、今回のイメージルックは「色んな人がこっちを見ている」路線でいくことにした。なんだよその路線?ってこともなく、ただ単純に「目線を外したり、全体像をあえて写さなかったりするファッション的スカした感じのムード写真ではなく、画角中央に人物配置、目線はズドンとまっすぐカメラの方」という、七五三の時に神社の境内で撮る家族写真みたいな感じがいいと思えた。キャストはできるだけ多いほうがいい。なぜかというと、色んな人がこっちを見ているから。色んな人、ってのは3人じゃ表現できない。5人でも、まだヨワい。10人?いや、もっとだ!もっとだぁ、らぁぁぁ!ふと、気づいたら僕はモデル20人分のブッキングを始めていた。

はい、色んな人がこっちを見ていますよ~。ハイ、チーズ。はい、見てますよ~。見るときは何を使って見ますか~?ハイ、鶴田君。目。目ですね。正解です。ものを見るときには何があると便利ですか?ハイ、鶴田君。眼鏡ですね。正解です。色んな人が眼鏡を使って鶴田君の方を見ていますよ~。人がたくさんいますよ~。面白いですね~。眼鏡はみんなのためにある。どんな人でも大丈夫。メガネ・フォー・エブリワン。そう、今回のテーマは「MEGANE for EVERYONE」

汗びっしょりで夢から覚めて、再び気づいたら僕は月島の商店街にいた。次から次にキャストたちが集まってくる。皆、時間通りだ。パンクチュアルなパンクス、反社っぽく見えるけどサラリーマン、古着フリーク、家族連れ(一部ニセモノ)、医療介護スタッフ(ニセモノ)、落語家(ホンモノ)、パン屋(ホンモノ)…。ドキュメンタリーとファンタジー、ノンフィクションとフィクションの垣根を飛び越えて、20人分の眼鏡、合計40の瞳がこっちを見ている。カメラを通して彼らを見ている僕。その僕を空から見ているNEJI。そのネジがくるりと一回転、正円を描きながら宙を舞ったと思ったら、月に変わるムーンサルト。真ん丸な瞳で月もこっちを見ている。そうか、ここは月島。どおりで美しい。青白い月光に照らされたメタの壁や多様性の嘘を一瞥したあとに知らん顔、ただそこにある瞳の純度と、DOWNTOWN 5th anniversary VISUAL。

2025.05.22