日常のサハンジ

『宇宙の匂い』

4年ほど前、新宿で開催されていた浅井健一氏の個展『宇宙の匂い』へと足を運んだ。同名タイトル詩集の出版記念を兼ねた展示だったと思う。 1991年にデビューした伝説的バンドBLANKEY JET CITYをはじめ、SHERBETS、AJICOなどの音楽を通じて氏の世界観に触れてきた僕は『宇宙の匂い』というタイトルに対して違和感を覚えないままに受け入れてしまったが、よくよく考えてみると、そもそも宇宙に匂いなんてあるのだろうか?

 

『宇宙の匂い』について僕が4年ぶりに考えることになったのは、先日、柿ピーを食べながら家でビールを飲んでいた時のこと。小分けにされた菓子袋の裏側に書いてある豆知識みたいな小話をぼんやりと読んでいた僕の目に飛び込んできたのは「宇宙にも匂いがある」というタイトルだった。その小話によると「空気がない宇宙空間にも匂いが存在する」という。勿論、直接匂いを嗅ぐことはできないのだが、宇宙飛行士が船外活動を済ませて宇宙ステーションに戻ってくると、宇宙服や機材には「宇宙の匂い」が染みついているらしい。その匂いは(地球上で言うところの)「溶接時に出る煙の匂い」や「焼けたステーキと金属の匂い」に近いと書かれており、僕は目の前にあるビールと柿ピーの匂いに鼻腔をくすぐられながらも、遥か上空に広がる宇宙空間の匂いに想像を飛ばされてしまった。

 

そういえば、詩集『宇宙の匂い』の表紙は愛車・サリンジャーにまたがった浅井氏の写真で飾られており、改めて見てみると大胆にカスタマイズされた「YAMAHA XS250」という名の鉄塊は、どことなく「鉄の匂い、煙の匂い、血の匂い」を連想させるものに思えた。浅井氏がNASAの宇宙飛行士の体験談を知っていたかどうかは定かでないが、この詩集のタイトルと表紙デザインは結果的にイメージがぴたりと一致していたことになる。

 

「2022年2月の或る夜、自宅でビールを飲んでいた僕が柿ピーの袋に書かれた小話をきっかけにして宇宙を想像しながら4年前の記憶の糸を手繰り寄せてみたところ、ベンジーの詩集からは鉄の匂いがした」という一連の流れには、ちょっとした時空の歪みみたいなものを感じる。嗅覚が記憶や想像力を掻き立てる瞬間、そこにはもしかすると相対性理論を超えるほど壮大なトリップが用意されているかもしれない。脈絡がないはずのもの同士で、世界はねじれながら繋がっている。

2023.09.26