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フィレオ・フィッシュの小骨
『DEAD KENNEDYS CLOTHING IMAGE LOOK 2023 の場合』
ほとんど一年近くを費やして、ようやく僕の手元にDEAD KENNEDYS CLOTHINGの製品が届くことになった2023年11月末。商品自体は12月のポップアップでお客様にお披露目するとして、まずはそれらが僕の手元にあるうちにイメージルックの制作をすませておきたいと思った。いざ、キャスティングについて考えを巡らせてみると、色んなモデル候補が頭の中で暴れ出す。あんな人こんな人に着せてみたい、それは作り手のエゴだ。ただ、実際にこれらの商品を販売するときには「この洋服を着たい、と心から思う人にこそ着てほしい」というのが本音だろう。キャスティングの前に、コンセプト。自分にそう言い聞かせながら考えをまとめ始める。
まず初めにあるのが「DEAD KENNEDYS CLOTHINGは零細ブランドである」ということ。ごく少量の生産、ごく限られた型数、ごく限られた販路、ごく限られた…。一応、オンラインストアを用意するつもりではあったけれど、あちこちのショップで同時多発的に取り扱ってもらう認知度向上や大々的なキャンペーンは望めない。だって少ないから。ということで、「大きなものに立ち向かう」「小さいなりの気概」を表現することにした。ふと思い出したのは有名なスペイン小説であるセルバンテスの『ドン・キホーテ』。主人公のドン・キホーテが大きな風車を悪の巨人と思い込み、戦いを挑むという件(くだり)。中世の騎士物語の読み過ぎで物語と現実の見境がつかなくなった中年が、見えない敵に立ち向かう姿を滑稽と笑うかどうか。100年とか200年前まで、世界の構造は今よりもきっともっとシンプルなものであったはずだが、現代社会はもう複雑すぎて敵仲間の区別すらも容易ではない。つまり、ある意味では多元的現実の社会を皆が生きているということになる。ただ(ドン・キホーテが狂人であったかどうかはさておき)彼がお姫様を救うために過ごした時間は間違いなくそこに「現実として」存在したはずだし、そういった意味で現代人は全員が狂っているのではないかとすら思える。200年前の感覚と比べると、ね。
しかし、その中で重要なのは「仮想敵」を誰に設定するかではなく、とりあえずファイティングポーズを取り続けることだと僕は思っているし、幽霊の正体見たり枯れ尾花、見えないものを意識し過ぎて過剰な疑心暗鬼や恐れを抱きながら生きていくよりは、単純に自分がやりたいことに対して闘争心を燃やした方がいいんじゃないか。というわけでボクシンググローブ。そして、きっとドン・キホーテも無傷ではなかったはずなので、鼻血メイク。これらの条件を前提としてモデル候補数人に当たってみたところ、意外にもみんな二つ返事で出演してくれる(断られた人もいたけれど)という。DEAD KENNEDYS CLOTHINGのテーラードアイテムをメインに据え、ネクタイやレザーシューズなどを多用することで、基本的にはスニーカーやカジュアルアイテムを使わない縛りで自らの取っ散らかりを抑制し、各人のスタイリングに臨んだ。妄想の中。そして、DEAD KENNEDYS CLOTHING IMAGE LOOK 2023 。
当日は、これまでに何度も一緒に撮影をしたことのあるカメラマンの太希さん、ヘアメイクの辻井さんに脇を固めてもらいながら現場に入る。モデルは同じ九州出身の大先輩・信國大志さん、アワ&モドゥバッケの伊藤兄弟、古着屋のヤスくん。事前に辻井さんとイメージを共有していた鼻血メイクもいい感じだ。辻井さんのアシスタント・蘭さんが作ってくれたアワさんの引っ掻き傷なんて真に迫るリアリティ。信國さんには眼帯を、モドゥバッケ君には絆創膏を付けてもらうことにした。みんな傷だらけだ。しかし、全員にお願いしたのは「カメラ目線をはずさないで」ということ。ファイティングポーズを視線で表現してもらいたかった。その目に映る相手(仮想敵)は、あるいは自分自身かもしれない。ともかく撮影は順調に進み、おまけ程度にNEJI主宰の鶴田自身もカメラの前でファイティングポーズを取って終了。後日、太希さんから送られてきた仕上がりにも大満足。彼が撮る強い色彩の画力が、今回の鼻血やモデルの視線、DEAD KENNEDYS CLOTHINGのソリッドなシルエットに凄くマッチしていると思った。
さて、物語の最後。ドン・キホーテは正気を取り戻しながら死んでいく。ドン・キホーテが信じていた騎士物語の世界は彼自身にとってあまりにもリアルなものであったため、正気に戻ることは、すなわち自分自身の死を意味するのだ。NEJIによるブランド・DEAD KENNEDYS CLOTHINGが展開するのはNEJIの妄想を形にしたエレガントでエキセントリックでパーソナルなドレスアイテム群。いつか僕がこの妄想から解けたとき、NEJIは果たしてどんな顔をして僕のことを見つめているのだろうか。あるいは、サンチョ・パンサのような気持ちかもしれない。妄想の麻酔と現実の痛み、DEAD KENNEDYS CLOTHING IMAGE LOOK 2023 。
2023.12.25