COLUMN
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フィレオ・フィッシュの小骨
『アンド・アイ・ラブ・ハーの場合』
2024年、春の終わり。高円寺の古着屋「ROKUMEICAN」に複数の店主たちを集めてマーケットを開催することになった。きっかけになったのは、電動自転車でリアカーを引きながら国際フォーラムで開催されている大江戸骨董市に毎月出店している「nichi」の店主・吉田君の存在だった。彼の活動を知ったときから、僕の頭の中でねじが回り始めた。「リアカー、なんてロマンチックなんだろう」と。このリアカーを舞台に、好事家の店主たちを複数人(もちろん、NEJI主宰・鶴田も含む)を寄せ集め、それぞれの趣味を全開にして雑多なマーケットを開催したら楽しそうだ。思い当たる人々に声をかけ始め、会場は「ROKUMEICAN」に決まった。出店者は「nichi」(古道具屋)、「ROKUMEICAN」(古着屋)、「Bon Vieux」(古着屋)、「Cornell Books」(本屋・ビール屋)、「Lovèco」(花屋)、「NEJI」(本屋)、「DEAD KENNEDYS CLOTHING」(洋服屋)。実に雑多だ。しかし、ただ集めただけでは本当の「寄せ集め」になってしまう。何かキーワードが欲しい。ちょっと考えてみたところ、割とすぐに思いついた。
シャツ(chemise)、ジャケット(veste)、古道具(brocante)、自転車(bicyclette)、ビール(bière)、花(fleur)、物語(histoire)…。フランス語で女性名詞にあたるそれぞれを愛する男たちによる可変式マーケット。春の終わりにふりそそぐ光。そして、僕は彼女を愛してる。
取り扱う商材がすべてフランス語の女性名詞であることに気付いた僕は、イベント名を「アンド・アイ・ラブ・ハー」(もちろん、ビートルズの同名曲になぞらえている)に決定し、「彼女のことを想いながら毎日を過ごす僕」を主人公にイメージルックを制作することにした。いかにもロマンチックなこの物語の主人公は純朴な青年がいい。セネガルと日本のミックス、長身で、すこしボーっとしている、伊藤モドゥバッケ君の顔がすぐに思い浮かんだ。リアカーを引きながら花を売るモドゥ君を主人公に、彼の母親を「彼女(ハー)」に設定したところで大枠は決まった。大枠が決まった瞬間に、欲張りなねじが言い始めた。「せっかくだから、写真ではなく映画の予告編的なショートムービーにしよう」と。簡単な脚本を書き、コンテを作った。動画撮影は小中学校時代の同級生・野田君にお願いすることにした。そして、アンド・アイ・ラブ・ハー。
ビールや本はさておき、モドゥ君が着るコーディネートの中には古着や古道具を盛り込まねばならない。「ROKUMEICAN」や「nichi」「Bon Vieux」のウェブストアを眺めながら、脳内でミックスしていく。ポイントは古道具店「nichi」で取り扱っているアイテム=昭和時代の日本製雑貨&衣類。つまり、純日本人体型向けの洋服は身長195㎝のモドゥ君に着せると股下も袖丈も絶対に足りないのだ。「小ささ」と「短さ」を逆手に取ったバランスでスタイリングを組み始める。股下が70㎝しかない(当時の日本人にとってはフルレングスだったはずの)1940年代・煙草工場の作業着セットアップにはDEAD KENNEDYS CLOTHINGの着丈120㎝ロングシャツをセット。全体の長短コントラストでファッション性を強調し、宗賀農業協同組合の青いキャップで味を加える。「TOKYO 1964」のオリンピックワッペンが付いたマスタード色のワークシャツは「ROKUMEICAN」から借りたネオンイエローが眩しいWranglerの5ポケットに合わせた。上下ともにサイズはやっぱり小さいし袖丈も股下も全然足りないけれど、カラーリングでジャマイカのRockersみたいな雰囲気に持ち込んだら意外と成立した。スモールフィットの洋服に足りないボリュームを補うために、1970年代製キスリング型リュックサックを背負わせて画竜点睛。日本の古着・古道具もバランスの取り方次第ではファッションに昇華することができる、ってことを「nichi」の吉田君はきっと言いたいのだろう。僕は個人的に、古着の醍醐味はその不完全さの中にあると思っているので、サイズが大きすぎる(または小さすぎる)というデメリットの奥に想像力を飛ばすことさえできれば、ある程度のもの(小さくて履けない靴とかはさすがに無理だけど)は楽しめるんじゃないかと思っている。仕上がったムービーにはそんな風通しの良さがしっかりと反映されたんじゃないかな。
高円寺の駅前でリアカーを引くモドゥ君。春の風に吹かれて、ロングシャツの裾はひらりと舞った。愛と想像(または創造)の、アンド・アイ・ラブ・ハー。
2024.09.13