column『鳩目線』

column『鳩目線』

ある日、最寄り駅前の広場を歩いていたら、うじゃうじゃと20羽程はいるであろう鳩の群れが我先にと争いながら小分けにちぎられたパンの耳を一心不乱についばんでいた。誰かがいつもこのあたりで餌付けしているのだろうか。ふと見ると、その傍に70代半ばくらいに見える二人の爺さんが手を後ろに組んで突っ立っていた。二人とも青色のナイロンジャンパーを揃いで羽織っており、バックプリントされた黄色い文字を見る限り、どうやら彼らは駐車監視員(違法駐車を取り締まる警察官以外の監視員)のようだ。   爺さんたちは駅前に蔓延る違法駐輪の自転車には目もくれず、餌に群がる鳩たちを眺めながら二人して柔らかな微笑みを浮かべ……

column『読めない』

column『読めない』

まるっきり読むことができない。まるっきり観ることができない。突然、何の話かといえば、もうかれこれ半年以上もの間、僕はまるっきり読むことも観ることもできなくなってしまっているのだ。あれほど大好きだった映画も、時間を見つけては滑り込んでいた美術館の展示も、(そもそも大した読書量ではなかったけれど)たまに欲していたはずの活字も、最後に触れたのがいつの何だったのかを思い出せないほど、まるっきりできなくなってしまった。たしかにフリーランスになってからというもの、仕事のために割く時間は圧倒的に増えたし、生活のリズムはガタガタになってしまった。とはいえ、僕よりも忙しい人なんて世の中にはごまんといるし、仕事が……

column『人のふんどしで暇つぶし』

column『人のふんどしで暇つぶし』

いつだったか「古道具坂田」の店主・坂田和寛氏が蒐集したアフリカの腰巻きを100枚近くまとめて展示する、というエキシビジョンを見に行ったことがある。その腰巻きは、アフリカ中央部のコンゴ熱帯雨林に暮らすピグミー族が樹木の皮を剥がし木槌で打つことで繊維と繊維を絡ませて作った「タパ」と呼ばれるものらしい。展示してある「タパ」の一点一点には(動物や昆虫や星など)自然界にあるものをモチーフにした幾何学柄が多様に描き込まれていた。   熱帯雨林の奥深くに住む民族が日常的に使用していた「タパ」だが、これがヨーロッパに伝来した際、現代美術として高く評価されるようになったらしい。美術評論家たちは、この複……

column『裏返し生活』

column『裏返し生活』

早いもので、フリーランス生活に突入して10か月が経とうとしている。いまにして思えば、20数年間は拘束時間(つまり、ショップの営業時間=勤務時間)のある会社勤めを続けていたので、あれはあれで「規則正しい」生活であったな、としみじみ感じ入ったりもする。一方でフリーランス、とりわけNEJIのように「ファッションにまつわるアレコレを手掛けています」という漠然とした職種の場合、あらゆる規則正しさは破壊されて見る影もない。フリーランスとして働く編集者やカメラマン、ライター、スタイリストなんかもきっとそうなのだろう。よくよく考えてみると、今の僕はたった今列挙したような職種の間を飛び石の上を跳ねるように行った……

column『見えざる目』

column『見えざる目』

先日、友人が運営する飯田橋のアートギャラリー「roll」へと足を運んだ。写真家・木村和平氏の写真展『石と桃』が開催されており、僕は友人への差し入れとしてコンビニで買ったハッピーターンを握りしめて地下鉄C1出口への階段を上った。   会期初日ということもあり会場にはすでに3~4組ほどの来客。木村氏も在廊していたので、しばらく作家本人と話し込んだ。聞けば木村氏は幼少期から「不思議の国のアリス症候群」という症状を抱えて生きてきたという。Wikipediaによると、この症状は「知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられることを主症状とし、様々な主観的なイメージの……

column『宇宙の匂い』

column『宇宙の匂い』

4年ほど前、新宿で開催されていた浅井健一氏の個展『宇宙の匂い』へと足を運んだ。同名タイトル詩集の出版記念を兼ねた展示だったと思う。 1991年にデビューした伝説的バンドBLANKEY JET CITYをはじめ、SHERBETS、AJICOなどの音楽を通じて氏の世界観に触れてきた僕は『宇宙の匂い』というタイトルに対して違和感を覚えないままに受け入れてしまったが、よくよく考えてみると、そもそも宇宙に匂いなんてあるのだろうか?   『宇宙の匂い』について僕が4年ぶりに考えることになったのは、先日、柿ピーを食べながら家でビールを飲んでいた時のこと。小分けにされた菓子袋の裏側に書いてある豆知識……